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一方新太郎は、両親への不信感から家を飛び出していた。
一時は自害も考えたが両親への怒りが新太郎を踏みとどまらせ、このまま自分が死んだら敗けだと新たな商売を1から始めたのだ。
最初は両親からの妨害などもあり生きていくのも大変な状態だった。
しかし新太郎が実家を出たことにより破棄された結婚話が商売に響いたようで、新太郎の妨害などしている場合ではなくなった。
実家はみるみる傾き呆気なく潰れてしまったが、新太郎が心を痛めることはなかった。
今では小さい商売ながら順調に経営出来ている。
仕事に忙しく町の噂話なんか全く耳に入らなかった新太郎だったが、八重が亡くなって20年経ったある日町であの怪談話を耳にしたのだ。
話を聞いてすぐに八重のことだと思った新太郎は、
居ても立っても居られず話も耳にした夜にあの桜を訪れた。
しかし何度訪れても八重は姿を表さず、やはりただの怪談話だったかと諦め最後と決めた夜、八重は姿を表したのだった。
「八重、ずっと会いたかった。」
八重は自分もだと言うように、笑顔で首を縦に振った。
新太郎は八重に会えたことに喜ぶ一方、これは八重に会いたいと願う自分が見せている幻ではないかと思っていた。
確かに腕の中にいるはずの八重だが温もりを感じることもなく、まるで空気を抱いているようだった。
それに八重は一言も声を出さなかった。
「八重?何か言ってくれ。」
八重は悲しそうに目を伏せ、俯きながら首を横に振った。
「声が出ないのか?…いいんだ、話が出来なくても。たとえ、幻でも君に会えただけで幸せだ。もう…、2度と離れたくない。ずっと、ずっと一緒にいたい。」
八重は悲しそうに涙を浮かべ、何かを伝えようと新太郎を見つめた。
「君と一緒にいるためなら死んだっていい。君だけが俺のすべてなんだ。」
八重の瞳からは涙がこぼれ落ち、死なないでと言うように新太郎の袖を両手で握り必死で首を横に振った。
「何故?君は俺と一緒にいたくないのか?」
その言葉にも首を横に振り、新太郎に強く抱きついた。
八重だって自分と同じ気持ちなんだと感じ、再び強く抱きしめた。
時も忘れて抱きしめ合う2人だが、夜明けはすぐそこまで迫っていた。
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