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「八重。明日も会える?」
八重は首を横に振った。
「会えないのか?じゃあいつだったら会えるんだ?」
すると人差し指を1本立てた。
「1?1か月後?」
首を横に振る。
「もしかして、1年後じゃなければ会えないのか?」
八重は悲しそうに微笑みながら深く頷いた。
そして空を見上げ指差した。
新太郎も夜空を見上げた。
「月がない…。そうか、今日はあの日と同じ朔日だったのか。1年後。桜が咲いた朔の夜。その日だけ、ここで君に会えるんだね?約束だよ?必ず来年もここに来るからね。」
そう言って八重の小指に自分の小指を絡ませ、指切りをした。
それから約束通り、毎年桜が咲いた朔の夜に桜の木の下で会うようになった。
まるで七夕の織姫と彦星のように、たった1日。
たった一晩だけ会うことが出来る2人。
何をするわけでもなく、ただ2人体を寄せあい会えることの幸せを噛みしめた。
それだけで幸せだった。
そして数十年のときが経ち、新太郎に最後のときが近づいていた。
死期を悟り、最後の力を振り絞りあの桜のもとを訪れた夜。
まだ桜が咲くには少し早く木は沢山の蕾をつけ、夜空には満月が浮かんでいた。
「今日は約束の日では無いから、会えないかな。でも今年の約束の日まで持ちそうにないんだ。随分待たせてしまったけど、やっと君のもとへ逝けるよ。八重…。」
弱々しく息をする新太郎の前に、八重が姿を表した。
「八重。姿を見せてくれたのか?やっと君のもとへ行けるよ…。」
「やっと、一緒になれるね。新太郎さん。」
「八重…。話せるのか?」
「えぇ。」
「そうか。やっと同じところに逝けるんだな。」
涙を流す新太郎の隣に寄り添うように座った八重は、新太郎の手をしっかり握りしめた。
あの日、新太郎が自分の手を力強く握ってくれたように。
「ねぇ、新太郎さん。もうこの手を離さないでね。そして生まれ変わったら、今度こそ貴方のお嫁さんにしてください。」
「もちろんさ。俺はずっと君を思って、誰とも結婚しなかったんだぞ。生まれ変わっても、必ず君を見つける。そして今度こそ一緒になろう。」
「うん。嬉しい。」
涙を流して喜ぶ八重は、新太郎の肩に頭を乗せた。
新太郎の意識は次第に遠退き、体が傾き地面に横たわった。
八重はそんな新太郎の横で寄り添うように寝そべり、静かに目を閉じた。
手をしっかり握ったまま…。
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