2人が本棚に入れています
本棚に追加
「あ、井原じゃん」
偶然を装って声をかけると、井原は振り返って階段にいた私を見上げた。
紙袋の上の方には唯一の箱と、印をつけた袋。それを見てから階段を降りて、立ち止まってくれた井原のそばに立った。
「部活に行く途中?」とわかりきってることを訊いた。だって間が持たなかったんだもん。とっさに出てきただけ私は自分を褒めたい。
井原は「そうだよ」と首を縦に振った。
「あ、チョコ、もらえた?」
スムーズに言葉が並ばない。
緊張してんのばれる。でも、話せたことが嬉しいのか、私の表情は憎らしいほど素直だった。
口角が上がる。
井原は「もちろん」と答えた。
ちょっとムキになってて、実はそこまでもらえてないのでは?と勘ぐってみたくなる。
どっかの秋本と違って、井原は自分からもらいに行くような性格じゃないだろうし、仕方ないんだろうけど。
変わってないね、と言いかけて飲み込んだ。
本題にさっさと入らないと、多分私逃げる。
「じゃ……」と前置きをしながら、私は紙袋から今日のために用意した、それを取り出す。今年作った、唯一のチョコレート。
「私も貢献してあげる」
もらって、なんて素直にいえない。
井原は私が取り出した箱と袋を交互に見て、首をかしげた。
「右か左、好きな方を選んで」
どっちもいらないなんて断ってくれるなよ。
そう念を込めた。
最初のコメントを投稿しよう!