サクラ

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その日は雪が降るのではないかと思う程冷たく、街路樹さえも凍り付いているかのようだった。 僕は、かじかむ手を擦りながら、祖父の家に入った。 祖父の部屋に入ると、相変わらず祖父は庭に視線を向けている。しかしその顔に、微かな笑顔が窺える。 自宅に戻ってから、いつもボンヤリした表情しか見てなかった僕は、何があるのか、その視線の先を追った。 当然、そこには庭があり、まだ花を付けない木がある筈だった。 しかし、そこには満開の花があり、そこだけ柔らかな温もりを思わせる、淡い色が広がっている。 僕が驚いて立ち竦んでいると、気配を察したのか、祖父が視線をこちらに向けた。何か言いたい事があるらしく、唇が動いている。 僕は気を取り直して祖父の枕元に膝を付くと、その口元に耳を近づけた。祖父は震える、小さな声で、でも確かにこう言った。 「儂が死んだら、サクラのところに埋めてくれ」 と。
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