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警戒心たっぷりの視線を男に向けていると、男はふっと顔をそらして煙を吐いた。それから昨日と同じ位置に移動して、背中を桜の木に預ける。
目の前を通りすぎる時に、ふわっと煙草のにおいがした。それは春の若草のにおいに混ざって、私の記憶に染み付いた。
「なんで来たんだよ?」
ぶっきらぼうな言葉が飛んでくる。どう答えたものかと一瞬悩んで、男がいる方に顔を向けた。
「桜を見に来たんです」
「ここのは遅ぇから、花見なら別んとこ行けよ」
男の口からふわぁと煙が吐かれる。風向きが変わったのか、それは私の方に漂って来た。
「……けほ。別の所じゃダメなんです」
「ん、風が変わったな。わりぃ、こっち来い」
「へ?」
ずっと煙草をくわえているわりに、他人に対する配慮があるのかと驚き、私の口から変な声が出た。
男は煙草を指先に挟んだ手で眼鏡を押し上げ、小さく舌打ちする。
「嫌ならいい、でもここは譲れねぇから」
なんて自分勝手を言うんだろう。そう思いながらも、言われた通り男の反対側に移動した私は、スマホをぎゅっと握った。
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