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それでも身動きできなかった。
男の瞳が真剣に画面を見つめていた。その間に重なった指先の煙草の灰がじわじわ長くなっていく。
細い煙がゆらゆらしているのを見ていると、すぐ側で煙草のにおいがする。普通なら嫌な気分になるものかもしれない。
どうしてだか私は、その大人の香りに嫌悪感は抱かなかった。
「よく撮れてるな」
「……っ」
煙草のにおいが少し増した。口を開いたからだろう。でもそれより、耳元に囁かれた声に胸の奥がぎゅっと鳴った。
男の声が、あまりにも優しかった。
保存してある五枚の写真、すべてをじっくり見た男が突然、ハッとして私から離れる。
「……わ、わりぃ! 変な事するつもりとかじゃ……あっつ!」
頼むから叫ぶなよ、と片手を振りながらその拍子に落とした煙草を踏み潰して消火する。どうやら煙草の火が持っていた指にまで届いてしまったらしい。
あーあ、としゃがんで短い吸い殻を拾う男を見て、私は何故か笑っていた。何が面白かったとかじゃなく、ただ変な緊張感がぷっつり切れたから、ホッとしたのかもしれない。
男はしばらく、笑う私をしゃがんだまま眺めていた。
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