桜の木の下で

18/24
前へ
/24ページ
次へ
バッグを掴まれたまま、唇を引き結んでいるしかなかった。 口を開いたら何が飛び出るか、私にもわからない。 「泣くなって……あー、掴んでごめん」 パッと紐を離されて、私の肩からバッグが落ちる。それを拾おうとも思わなかった。 「あと俺、目付き悪ぃから……怖がらせたな」 私の代わりにバッグを拾ってくれる。でもそれを私に差し出さず、自分の肩にかけてしまった。 「なぁ、頼むから……泣くなよ」 困り果てたような顔で、嫌だったら逃げてもいいからと男が言った。何の事だかわからなかったのは、一瞬。 手を掴まれた。指を揃えて手を繋ぐように。力はちっとも入ってなくて、これなら私でも簡単に振りほどける。でも、逃げられるはずがなかった。 「バッグ持ってちゃ……逃げらんないですよ」 片手で涙を拭って、すがるように男の手を、指先を握った。少しだけホッとした顔をする男を怖いとはもう、思わなかった。 手を繋いだまま男に導かれ、並んでベンチに座る。少し低くて、膝を立てるとスカートがまくれ上がりそう。 男は煙草を口にくわえて、あいてる手で頭を抱えていた。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加