1人が本棚に入れています
本棚に追加
口が滑ったとでも言いたげに、煙草をくわえつつ顔を隠した。
「あの……聞きたいです。お父さんの事」
私はわずかに身を乗り出していた。片手で隠された顔を覗き込むように。
そのままじっと返事を待つ。携帯灰皿に煙草を押し付け、ため息をひとつ吐き、新しい煙草に火をつけ、一服する長い間を置いてやっと、こっちを見た。
「似てるよ、笑った顔も……泣き顔も」
この日は、父の話を辺りが暗くなるまでしていた。中学、高校の時の話や母に出会う前の話。それから、私が産まれてからの話。
「覚えてねぇだろうけど、一緒に来た事あるんだぞ、俺と」
該当する記憶がなくて私は首をかしげる。男はふっと目を細めると、煙草をくわえて細く長い煙を吐いた。
「まだよちよち歩きでさ。千春も、あのえらく可愛い奥さんも、仕事でどうしてもって、俺に預けたんだ」
半日ほどだったらしいが、それは春の桜が満開の季節で。男は私をこの桜の木へ連れてきたと、話した。
……私、お父さんとよりも早く、この人とここに来てたんだ。
最初のコメントを投稿しよう!