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もう遅いからと言われて、はじめて辺りが真っ暗な事に気付いた。さらに、ずっとベンチの真ん中で手を繋ぎっぱなしだった事にも。
「す、すみません……っ」
慌てて離そうとした手が、握られる。顔をあげると、男が腰を屈めて私を見ている。
「暗くて足元、見えねぇだろ。見える所まで繋いでてやるから……転ぶなよ」
公園の奥まったこの場所は、街灯の設備もなく本当に真っ暗だった。そんな暗闇の中で、一番近くに聞こえる男の声は、父のように……優しかった。
それから毎日、学校が終わるとこの公園の桜の木の下へ通った。
幸い天候も安定していて、桜の蕾もどんどん丸みを帯び、膨らんでいった。やがて遅咲きだと男が言っていたこの桜も、一番の見頃を迎える。
「すごい、満開ですっ」
名所の桜は散り始めていた。青い葉が出て来て、季節の移り変わりを予感させる。
でも、この桜は今が見頃。
私はポケットにしまっていたスマホを取り出した。満開の桜を撮影しようと思ったから。そのために、この時を待っていたのだから。
父の写真を今年からゼロにしない為に。そして、初めて撮影するならこの桜がいいと決めていた。
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