桜の木の下で

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かるく息があがった頃、私の視界にまだ色付きがほとんどない桜の木が入り込んだ。 不意に、昔の記憶がよぎる。 一人っ子の私は、共働きの両親が帰宅するまでの間、家に一人きりだった。 年の近い友達の家も少し遠くて、ひとりで遊ぶ事がほとんど。この公園にも何度もひとりで来ていたし、遊具で遊んでいるうちにここで友達を作ったりした。 父と二人でこの公園に来た時、この桜の場所へ連れてきてくれた。もう秋のはじめで、桜の葉は緑の色を次第に赤く変えている頃。 ゴツゴツした木の幹に背中を預け、優しい眼差しで「この桜はとびきり綺麗なんだよ」と手を伸ばす父。葉にも枝にも届かない父の手は、ちょいちょいと手招き、私を両足の間に入れて両手を掴む。 ぐん、とのびをするような格好で、父の真似をして広がる枝葉を見上げた。秋色にカラフルな葉っぱを見て私は「まんかいの桜、見たいね」と笑った。 あの時の父が立っていた場所を、目指してきたんだ。
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