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想い出
病院を出た穂寿美は、車で実家に向かった。
勝手に持ち出したモザイクメガネを千穂理に返すためだ。
モザイクメガネは兜のものだったが、千穂理が兜の事故現場を目撃していて、
その後、轢逃げ犯に命を狙われた。
首を絞められていた現場を警察によって救われたのが、木曜日のことだ。
犯人の指の跡が内出血になって残っていたので、
千穂理は検査を受けた病院に入院していた兜にモザイクメガネを借りて家に帰った。
そのメガネを何も知らない穂寿美が持ち出したというわけだ。
家にいたのは千穂理だけだった。
エアコンを利かしたリビングで首にスカーフを巻き、テレビを見ていた。
「冷やしすぎよ」
穂寿美は言わなくてもいいことをいい、千穂理の冷たい視線に刺される。
「メガネ返すわ。持ち出してごめんね」
差し出したモザイクメガネを千穂理は力なく受け取った。
その様は、入院している兜よりも元気がなく、穂寿美を不安にした。
「父さんは?」
「仕事だって」
「公務員なのに、休日出勤?」
「原発事故以来、仕事が増えたのよ」
「ふーん……。母さんは?」
「パート」
「ふーん」
年齢の離れた姉妹の間に共通の話題は少なかった。
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