桜の咲く頃に――

2/4
23人が本棚に入れています
本棚に追加
/15ページ
(この会社に入社して、もうすぐ一年が経とうとしているんだな)  仕事を終えた道すがら、そんなことを思いながら、近所の住宅街に挟まれた、小さな公園の中に1本だけ植えられている、とても華奢な桜の木を見上げていた。  桜の花が咲くには、まだまだ季節が早いというのに、この公園の桜が見たいと、同性の恋人が突然言い出したのだけれど――。実際に見ることができるのは、細い幹から空に向かって伸ばされた、数本の枝の先っぽから突き出ている、とても小さな桜の蕾だけ。  そういや兵藤さんと付き合ったのって、この木の桜が早々に散って新緑が目に眩しかった、去年の初夏あたりだったっけ。  全国的に名の知れた不動産会社AOグループの傘下に入っている、地元の企業に新入社員として入社し、3年先輩の兵藤さんが俺を指導することになった。  はじめて顔を突き合わせたときから、苦手だという態度をありありと出されたせいで、必然的に反発してしまったんだ。  しかし、苦手意識の裏に隠された『好き』という気持ちを告げられた瞬間、混乱しつつも拒絶しなきゃということが、不思議と考えられなかった。  兵藤さんの暑苦しい性格は嫌悪するものだったけど、誰もが見惚れてしまう顔に憧れていたため、それを上手いこと餌にされた結果、気がついたら好きになってしまい、自然と付き合う流れになり―― (こんな風に仲良く並んで、桜の木を見る関係になろうとは……新入社員で入ったばかりの自分には、想像出来ないことだよな)  ちょっぴり冷たい風がたまに吹くので、寒いなぁと震えながら、隣に並んでいる躰にそっと、身を寄せてみた。温もりを分けてもらうべくの行動だったのに、自分よりも大きいお陰で、上手いこと風除けになってくれる。ラッキー! 「なぁ有坂……」 「は、はい?」 (もしや、風除けにしてるのがバレた!?) 「造幣局が行っとる桜の通り抜け、一緒に見に行かへんか?」 「造幣局って大阪の?」 「ああ。めっちゃ人がおるけど遅咲きの桜が、そこかしこに咲いとって綺麗なんやで。見たことある?」  長いまつ毛を伏せて、声を弾ませながら問いかけてくる姿に、自然と笑みが零れてしまった。 「テレビでは見たことはありますけど、行ったことがないです。小学校の修学旅行で、大阪の観光地をまわった程度なんですけど」
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!