崩れゆく日常

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「なんなんだ……なんなんだよ! これは! 悪い夢なら覚めてくれ……」  走れども、走れども、街には人が溢れている。全ての人が例外で無く、俺を視界に捉えると排除と呟きながら俺に向かって来る。  時々、どうしても避けられなく、他人にぶつかる。その度に鈍い音とともに砕け散る人々。  どこに行っても逃げ場が無い。こういうとき、人は本能で安全だと思う場所に向かう。理解できない現実に、価値観や倫理観は脆くも崩れ去り、判断力が低下する。  そこが安全な場所だなんて確証は無いのに、帰巣本能とでもいうべき力が働くのだろう。俺は息も絶え絶え、自宅に転がり込んだ。  良かった……いつもと変わらない。見慣れた自分の家だ。そう思うと、堪えていた涙が溢れそうになる。 「あら? 学校は?」  家の奥から母の声が聞こえてきた。一瞬ビクッと反応してしまったが、いつも通りの母の声に安堵する。 「きょ、今日は休みだって!」  正常な判断力など、とうに失っていた俺は、それでも外の異常など母に言えるわけもなく、明らかに嘘と分かる嘘をつく。 「そう……休みなんだぁ」  床がギィと音を立てる。姿は見えない母が歩いているのだろう。しかし、いつもの母なら何で? とか、聞いてくる筈だ。おかしい……おか…… 「母……さん?」  家の奥から姿を現したのは、母の姿をした何かだった。 「うわぁ!!」  急いで玄関の扉を開ける。外に出る。安全だと思っていた場所も、安全ではなかった。母の不気味な雰囲気に、心臓が握りつぶされるほどの絶望感と、吐き気がする。 「いち兄ちゃん。マッテタヨ」  勢いよく、家から飛び出すと、そこにいたのは佳絵だった。いや、佳絵の姿をした、何か。 「お前……まで。クソったれ!」  佳絵の細腕が 俺の首目掛けて突っ込んでくる。思わず振り払うと、音を立てて佳絵の腕は歪んだ。極限の恐怖の中、俺は佳絵の腕の事など眼中になく、夢中でその場を走り去る。  佳絵の姿が見えなくなると、急に罪悪感が俺を襲った。佳絵の夢はパティシエだ。佳絵の大切な腕を、夢を掴むための腕を、俺はへし折ったのだ。  走っていた足を止め、その場に立ち止まる。先ほどまでは必死だったが、母や佳絵までも変わり果てている姿にどうでも良くなってきた。佳絵の腕を折った罪悪感に苛まれ、自棄になりかけている。  その間にも、街に溢れた人々が俺を取り囲んでいく。
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