崩れゆく日常

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 翌朝。  自分の体温で最適な温度へと調節された布団の中からゴソゴソと動いて這い出る。  今日はミラクルスターの放送が無いのか……。  そう思ったのも、台所の方から香ってくる味噌汁のいい匂いで目が覚めたからだ。 「おはよう」 「おはよう。今日は早いわね。丁度朝ごはんが出来たところよ」  今日は早い……ね。朝食の支度も放置して、出社も遅らせてヒーロー番組にかじりついている両親の姿なんて見たくないからな。ましてや一緒になってその輪に入るつもりもない。  味噌汁とトーストという和洋折衷、奇跡とも呼べる黄金の組み合わせの朝食をニュース番組を見ながら食べ進める。 「今日は待ちに待ったバレンタインデーですね。今頃全国各地で新しい恋が生まれているのでしょうか?」  ニュースキャスターの何気ない一言で思い出す。そう、今日はバレンタインデーだった。まぁ、毎年隣に住む幼馴染みの佳絵と母親から貰う2個以外に貰ったことも無いし、期待もしてないんだけどな。  さて、毎朝見る名前も知らないニュースキャスターのせいで憂鬱になったことだし、学校にでも行くか。  いつものように家を出ると、隣の家の方から俺を呼ぶ声がした。 「いち兄ちゃーん! 遅いよー」  幼馴染みの佳絵だ。俺より2つ年下で、まだ中学3年生。俺によく懐いている、妹みたいな存在だ。今日がバレンタインデーだということはさっきのニュースで思い出したから、呼ばれている理由は決まっている。 「はい! これ今年のチョコだよ。今年こそ、美味しいって言わせるんだから!」  さっきも触れたが、毎年確定で貰えるバレンタインデーチョコの内の1つだ。手渡された赤い包みの歪な形をした茶色いお菓子は、見てくれからも手作りだとすぐ分かる。  俺は貰うやいなや、渡してくれた佳絵の目の前でそれを口に運んだ。 「塩辛い」  短く告げた俺の一言に、得意げだった佳絵の表情はみるみるうちに落胆の色を浮かばせる。これが、毎年の俺と幼馴染みの女の子とのやり取りだ。
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