崩れゆく日常

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 女子生徒は俺と目が合うや否や、目を輝かせて俺の方へと歩み寄ってきた。 「木梨君だよね? はい、これ。受け取ってくれる?」  あまりにも突然の事に、理解が追いつかずその場で固まってしまった。  チョコレートを渡してきたのは倉科 瑠璃香。  学校でも一際目立つ存在で、才色兼備。2年生の後期にして生徒会長まで務める程の女子生徒。正直、俺とは住む世界が違う人種だ。  そんな倉科が俺にバレンタインのチョコレート? 何かの間違いだろう。しかし、木梨は間違いなく俺の苗字で、同じ苗字はこの学校に存在しない。 「お……俺?」  思わず上擦った声で聞き返してしまった。それだけ目の前の光景が信じられないんだ。相手はスクールカースト最上位の倉科。周囲の男たちの視線が痛いほど突き刺さる。 「何してるの? 早く受け取って、私からの愛を込めたチョコレートよ」  言われるままに手が勝手に動き、倉科から差し出されたチョコレートを受け取る。プレゼントというより、むしろ下賜だ。倉科の放つ言の葉には人を操る魔力でもあるとでもいうのか?  受け取ったチョコレートの箱はホールケーキでも入っているのかと思えるほど大きく、赤と茶のストライプがいやに目を引く。  なのに……思ったより軽い? 何だこの違和感は……? 「ごめんね。もう、貴方しか頼る人がいないの……」  すれ違いざまに倉科が俺の耳元で、俺にしか聞こえないような声で囁いた。その声は先程のような魔力は微塵も感じられず、年相応の非力な女の子の懇願に感じられた。  違和感のあったチョコレートの箱は何故か開ける気にならない。得体の知れないパンドラの箱のような気がして仕方ない。  ただ、俺がこの箱を開けたかどうかなど関係なく、俺は倉科と付き合うことになった。それはラブラブなカップルなどではなく、彼女のわがままに振り回されるだけの哀れな関係。しかし、それなりに彼女も俺に譲歩してくれる事もあり、次第に倉科に惹かれていく自分もいた。  付き合うことになって、俺は倉科を瑠璃香と呼び捨てるようになる。しかし、付き合い始めてから数日後、唐突に瑠璃香は俺の前から姿を消した。  たまたま、俺が補習で一緒に帰れなかった日の下校で、トラックに轢かれてあっけなく逝ってしまったのだ。
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