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翌日、夜になって月海は暇をもてあました。和成が庭に現れるにはまだ時間があるが、もう廊下に出る気はなかった。
幻影のような不思議で美しいあの光景が、自分にとってはつらいものでしかない事を知ってしまったからだ。
それでも和成への想いに見切りを付ける気にはなれなかった。
寝るまでの間どうやって時間をつぶそうか考える。ふと、和成が書斎の本を読みたかったらいつでも言ってくれと言っていた事を思い出した。
昼間のうちに借りておくべきだったと後悔していると、懐の電話が鳴った。
相手を確認してドキリとする。和成だ。
『まだ寝てないよね? 今から花見でもどう?』
「どちらへお出かけですか?」
『ここだよ。こっちの庭の桜が満開なんだ』
ゆうべ見た満開の桜の事だ。
「あぁ、あの桜」
『あれ? よく知ってるね』
ヤバイ! 夜中に覗き見していた事がバレる、と思い月海は適当に出任せを言う。
「先日、ご挨拶に伺った時、庭に大きな桜があるのを拝見しておりました」
『あぁ、やっぱ、女の子は花が好きなんだね』
どうやらごまかせたらしい。月海が内心安堵のため息をついていると、和成が全く違う事を尋ねた。
『ところで月海はいける口?』
「……お酒ですか? たしなむ程度には」
途端に和成の声が楽しそうに弾んだ。
『よかった。じゃ、一緒に花見酒といこう。庭で待ってるから』
そう言って和成の電話は切れた。
最後の嬉しそうな声を思い出して月海はクスリと笑った。
「お酒が好きなのね」
和成の想いが自分にない事はわかっていても、一緒に酒杯を傾ける事ができるとなるとやっぱり嬉しい。
月海は鏡を覗いて、手櫛で髪をなでると部屋を出た。
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