1.庶民な君主

2/5
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/24ページ
 昼食時の城内食堂が今日は奇妙な静けさに包まれていた。いつもなら城内官吏が一斉にやって来るので、かなりざわついているのだ。  ヒソヒソ声は聞こえるものの、そこにいる人数に対してあり得ない静けさだった。 「ここに来るの久しぶりだけど、今日はやけに静かだな」  うどんをすすりながら和成(かずなり)は問いかけた。その音が静かな室内に響き渡る。 「よろしいのですか? このような所でお食事などなさって」  和成の向かいに座った慎平(しんぺい)が、冷めた目で見つめながら問いかけた。和成は思いきり顔をしかめると非難するように慎平を睨んだ。 「”なさって”とか言うなよ」 「塔矢(とうや)殿でさえ敬語なのに、私がくだけるわけにはまいりません」 「塔矢殿だって俺と二人きりの時は今まで通りなんだよ。今は休憩時間だし、おまえも今まで通りでいいんだよ」  笑う和成を見つめて慎平は軽くため息をついた。 「無理ですよ。これだけ注目されてたら」  慎平に言われて、和成は初めて周りの様子を見回した。和成と慎平の座る机を遠巻きにして、食堂に集うものたちが和成に注目している。食堂の静けさの原因はこれだったのだ。  和成は箸を置くと思わず笑顔を引きつらせた。 「なんで? そんな珍しいものでも見るみたいに……」  慎平が呆れたように大きくため息をつく。 「君主がこのような所で下々の者にまざって、うどんなんか召し上がっていれば充分に珍しいです。ご自身のお立場をご自覚下さい」  和成は片手で頬杖をつくと目を細くして慎平を見つめた。 「それ、俺が毎日紗也様に言ってた言葉だ」  慎平は少し目を見開いた。 「紗也様……」  そして、懐かしそうに遠い目をして微笑んだ。 「懐かしい名前ですね」  和成は少し不思議そうな表情を浮かべた後、すぐに納得して小刻みに頷いた。 「あ、そうか。もう十二年経つんだったな。俺は毎日考えてるからそんなに経ってるとは気付かなかった。確かに懐かしいかもな」 「毎日ですか?」  当然のようにサラリと言う和成に慎平は驚いて問い返した。
/24ページ

最初のコメントを投稿しよう!