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渡り廊下を越えて、庭に和成の姿を捜しながら廊下を進む。少し歩くと桜の木の前で手を振る和成を見つけた。
廊下から庭へ降りて和成の元へ駆け寄ると、桜の木の前に置かれた机の上に酒と盃が用意されていた。
和成に促され席に付くと、早速和成が月海の前の盃に酒を注ごうとした。
「私が、お注ぎいたします」
月海は慌てて和成の持つ徳利を取り上げようと手を伸ばした。和成はその手を押さえてかまわず酒を注ぐ。
「いいんだよ。私が頼んで付き合ってもらってるんだから。無礼講ってことで」
「すみません」
月海は恐縮して首をすくめると、盃に注がれる酒を見つめた。和成は自分の盃にも酒を注ぎ、盃を持ち上げた。
「じゃ、乾杯」
和成の合図で互いの盃の縁を合わせ、一口酒を口に含む。
舌に触れた味と鼻腔に抜ける香りに、月海は少し目を見張ると思わず呟いた。
「あ、おいしい」
その反応を、和成は嬉しそうに笑う。
「わかる? かなりいける口だね。私が好きだからいい酒を用意してくれるんだけど、ひとりじゃ味気なくてね。これからも時々付き合ってくれると嬉しいんだけど」
「はい。いつでもお申し付け下さい」
胸がふわっと温かくなった。多分、こんな風に共に過ごせる時間を持てるだけで満足できると思えた。
「では、ご返杯を」
月海は和成の盃に酒を注ぐと、目の前の桜に目を向けた。満開の桜は月光の下、暗い庭の中でひときわ白く浮き上がっている。
「きれいですね。自分の部屋でお花見ができるなんて贅沢だなあって、この間思ってたんですよ」
「私もこの桜をこんな風にゆっくり眺めるのは十二年ぶりだよ。昔よりもさらに立派になったみたいだ」
桜を見つめて懐かしそうに目を細める和成に、月海は何の気なしに尋ねた。
「以前は奥様と花見酒を?」
「いや、紗也様はお亡くなりになった時、まだ未成年だったからね。来年になったら一緒に飲もうと約束しただけだ」
ドクリと鼓動が大きく脈打って、月海は全てを一瞬にして悟った。
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