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十二年前といえば、和成が君主に就任した年である。先代が命を落とした戦は春だったと聞く。十二年前、この桜の前で和成は先代と結婚の約束をしたのだろう。
それを悟った途端、胸が締め付けられるような息苦しさを覚えた。この苦しみは和成の口からはっきり白黒付けてもらわない限り消えないような気がする。
月海は意を決し、玉砕覚悟の上で勝負に出た。
「あの、和成様。無礼講だとおっしゃいましたよね?」
「うん」
「私のわがままをひとつだけ聞いていただけませんか?」
「内容にもよるけど、とりあえず言ってごらん」
月海は和成を見つめて息を飲んだ。そして、視線を落として一気に告げた。
「私は和成様をお慕い申しております。どうか、一夜の情けを賜りたく存じます」
和成は一瞬目を見開いた後、すぐに静かに微笑んだ。
「夜伽の話は冗談だよ」
「存じております。だから私のわがままにございます」
和成はひとつ嘆息すると静かに言う。
「君に恥をかかせるつもりはないんだけど、そのわがままは聞けない。男としてはもったいない事なんだろうけどね。こんなに若くて素敵な女の子の申し出を断るなんて。だけど君の想いに応えられないのに、一夜の情けをかけられるほど私は器用じゃないんだ」
和成に断られ、月海は急に自分の言った事が恥ずかしくなり、顔を真っ赤にして頭を下げた。
「わ、私ったら、なんて事……! ご無礼をお許し下さい!」
「いいよ。無礼講だ」
そう言って笑う和成に、月海はおもむろに顔を上げて言い募る。
「口づけもダメですか?」
和成は一瞬絶句して月海を見つめた後、吹き出した。
「食い下がるね、君も。だけど交渉の仕方としてはうまいよ。最初ダメっぽいところから要求して、徐々に敷居を低くしていくんだ。だって、一夜の情けに比べたら口づけなんてなんでもない事のように思えるもの」
和成は月海を抱き寄せると、額に軽く口づけた。
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