1.庶民な君主

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 静かに微笑む慎平を見た後、和成が再びうどんをすすり始めた時、静かな食堂に塔矢が怒鳴り込んできた。 「殿――っ!」  塔矢の怒鳴り声で、和成を遠巻きにしていた人垣が真ん中から左右に分かれる。器と箸を持ったまま顔を上げた和成を目がけて塔矢が大股で歩み寄って来た。  塔矢は笑顔で和成を見下ろすと静かに言う。しかし、目は笑っていない。 「食事もなさらず、どこをほっつき歩いているのかと思えば、このようなところで何をなさっておいでですか? 侍従長が捜しておりましたぞ」  和成は苦笑を湛えて、上目遣いに塔矢を見上げた。 「久しぶりに食堂のうどんが食べたくなったので、私の食事はみんなで食べてくれるように書き置きは残してきたんですけど……」 「書き置きは拝見いたしました。ですが、突然おっしゃられても皆も困るんです。それに食堂にいらっしゃるとは一言も書いてありませんでした。今後は事前にお申し付け下さい。お部屋にご用意いたしますので」 「わかりました」  和成が項垂れると、塔矢はさらに言葉を続けた。 「それから、お引き合わせしたい者がおりますので、至急執務室へお戻り下さい」 「うどんを食べ終わってからでいいですか?」  和成が箸を持ち上げて笑顔で尋ねると、塔矢は身を屈め和成を覗き込むようにしながら静かに問いかけた。 「”至急”の意味をご存じありませんか? 殿」  塔矢に敬語で静かにすごまれると、普通に怒鳴られるよりも怖い。  和成は観念すると、箸を置いて立ち上がった。 「……すぐ戻ります」  食べかけのうどんを慎平にまかせて、和成は塔矢の後について食堂を出た。和成が食堂を立ち去ると、静まりかえっていた食堂は、普段の三倍の賑やかさを取り戻した。
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