1.庶民な君主

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 君主執務室へと続く廊下を歩きながら、和成は塔矢に問いかけた。 「私に会わせたい人って誰ですか?」 「おまえの護衛だ」  周りに他の人が誰もいなくなると、塔矢の言葉から敬語が抜ける。和成が頼んでそうしてもらっているのだ。今は君主補佐官として和成の側に仕えているが、塔矢は元々、和成の上官だった。  塔矢の言葉に和成は眉を寄せると抗議した。 「護衛はいらないって何度も言ってるじゃないですか。私は元護衛官ですよ。自分の身は自分で守ります」 「おまえがひとりで城下をうろついたりするから、せめて護衛を付けてくれと侍従長に泣き付かれたんだ」  うんざりした表情の塔矢を横目に、和成はガックリと肩を落とす。 「ひとりで城下をうろついたのは十年前に一度だけです。私もあの時泣き付かれたので、以来ひとりで城外に出た事はありません」 「そんな事はわかっている。だが、今のようにおまえの所在がわからなくなるたびに、繰り言を聞かされるのはいい加減うんざりなんだ。観念しろ。君主様はどうも庶民癖が抜けなくて困ると嘆いてたぞ」  塔矢がからかうような笑顔を向けると、和成は不愉快そうに顔を背けた。 「しょうがないじゃないですか。庶民歴の方が長いんですから」  塔矢はその様子をおもしろそうに笑う。 「人選は一任されたから、俺の部隊からおもしろい奴を選んでおいた。おまえの気に入りそうな名前だぞ」  和成はさほど関心もない様子で、軽くため息をついた。 「別に飲み友達じゃないんですから、おもしろくなくても、気に入らない名前でもかまいませんよ」 「執務室に待たせてある」  塔矢は意味ありげな笑みを浮かべて和成を見ると、軽く背中を叩いて執務室へ促した。
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