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「……何も、聞こえないけど……? ま、イイじゃん。それよりさ、これからどっか遊びに行かない?」
「でも、私には聞こえるの」
だからと言って何ができるわけでもないけれど。
どこか一点をじっと見下ろしたまま静かに言葉を紡ぐ少女にようやく気付いて、男は訝しげに眉をひそめる。
そして何かに思い至ったのか、なんだフツーじゃねーのかよ、と言い捨て、大げさに舌打ちしながら足早にその場を後にしていった。
頭がおかしいのだ、と思いたければ思えばいい。
自分でさえ時折そう感じることがある。
樹々を見下ろす瞳に、わずかに陰りが生じる。
……どうして自分にだけ聞こえるのだろう。
幼い頃は、その声のあまりの悲痛さに度々めまいを起こし、こんな奇妙な感覚を持たない周りの人間たちの頭をひねらせていた。
だが、蝶や花の声が聞こえたなどと誰が信じるだろう。
あの頃、何気なく母親に話した時が最初で最後。
幼い自分を見下ろし、一瞬だけ奇妙に歪められた母親の顔が、今でも忘れられない。
そうか、この感覚は外に出してはいけないものなんだ。
そう悟った瞬間、大事な何かを自分の中からそぎ落としてしまったような、微かな痛みのようなものを感じたのを覚えている。
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