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「でも、なんで急に?」
「行きたいって言うから」
「別に今日じゃなくても……」
遊園地はいつまで営業しているだろうか。
「観覧車! 観覧車乗りたいな」
「愛妃のほうがノリノリじゃん」
「だって夜の遊園地といえば、観覧車から見る夜景でしょー」
そう言って愛妃は、携帯がうつす時刻を見た。
「……うん、時間はいい感じだ」
「一体何があるのさ?」
「着いてからのお楽しみ」
「もう着くよ」
「そうだね」
幸い、遊園地は夜間営業もされていて、アトラクションは制限されるものの、愛妃が言っていた観覧車は稼働しているようだった。
観覧車に乗って、僕たちは向かい合って景色を眺めた。
綺麗だった。星は見えないが、街の明かりが闇を彩った。
「どうして、急にこうしようと思ったの?」
「どうしてって」
愛妃は考え込んでしまった。目線は外のまま、いつもの口調で答えた。
「今日で世界が終わるから、かな」
「冗談はいいからさ」
「冗談じゃないよ」
「何を言っているんだよ」
「7月25日20時30分」
「え?」
時計を見た。
20時26分。
「信じられないよ」
「じゃあ信じなくてもいいよ。もうすぐ、ほら」
愛妃の指差した方向は空だった。
少しずつ、割れていた。
「なんだよ、あれ……」
「心配しないで。痛くもなんともない。ただ、綺麗だよ」
割れた部分から少しずつ、ヒビが入っていく。
砕けた空が夜景に乱反射してさらに明るくなる。
「これから、どうなるんだ」
「それはこれからのお楽しみ」
愛妃の色素の薄い肌。灰色の髪。赤みがかった黒い瞳。
それら全て、この崩れていく夜景に溶け込む為にあったのではないかと思えるほどに、彼女は綺麗な姿をしていた。
光が一層強くなる。空は全て崩れた。
「怖い?」
「怖いよ」
「大丈夫」
「遊園地なんて、言うんじゃなかった」
「でも、綺麗でしょ」
もう、何も見えない。
声だけが確かなものだった。
身体の感覚もわからなくなっていた。
「最後に」
「最後か」
「一緒に居れてよかったよ」
「僕も」
「おやすみ」
「おやすみ」
光の中に収束していく。
僕はこの世界を、愛妃を、愛している。
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