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タイムリミットのその日、大地にも空人にも何事もおこらず、二人は無事に翌日をむかえた。
大地は朝早く登校し、無残に引き裂かれた桜の木の下に立った。
そして、桜の木に触れると言った。
「どうして俺達を殺さなかった?」
すると、大地の頭の中に声が響いてくる。
――私が殺したのは殺したいという感情、憎しみだけよ。
それは、風にさやさやとなる葉のようにやさしくしとやかな声だった。
間違いなく、あの少女、さくらのものだ。
――美里という少女は、人間の悪意が実態を得た存在だったの。ひとの幸せを踏みにじることに喜びを覚えるひとの悪意そのもの。私は、“それ”に対抗してこの有様。でも安心して。彼女はしばらくは現し世に実像を結べないから。私と同じでね。
「また君に会えるかな」
――いつでも会えるわ。私はずっとここにいるから。
「そう…」
大地にはわかっていた。
さくらのその言葉が意味するところを。
さくらは、桜の木というよりしろを失う。
よりしろを失うということは、命を失い、死ぬということだ。
それでもその後に残るものはあるだろう。
しかし、こうして再び語りあうことが叶うかはわからない。
死とは、そういうものだ。
人ばかりがその因果に囚われているとばかり思っていた。
しかし、違ったのだ。
現実は。
どんな生き物においても死は平等であるとは、このことだったのだ。
いつかこの自分も、友や自らの死によって、大切なものを失い、あるいは、喪失感を誰かに味わわせる日がくるのだ。
大地はそう思って深く涙した。
その時にはもうさくらの声も気配も感じられなくなっていた。
その日、季節はずれの雪が降ったことを大地は覚えている。
芽吹きの春と、命が眠りにつく冬。
それが同時にあるような不思議な感慨の中に、大地は己の確かな鼓動をきいた。
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