鬼龍の詩

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「あのひとは、たった一人の世界で王様をきどっていればいい。兄上について私はそう思ってきた。しかし、こうして様々な人間と様々な経験を重ねていくうちに、私は、兄上を一人にしていたのは私や家族だったのではと思うようになった。兄上は、私の見識を広げるためにこの境遇を与えたのだとさえ考えている。兄上は孤独な方だ。しかし、他人に孤独を与えるような非情な方ではない。それが大事なのだと、そう思うのだ」 「そうですね。しかし、それとあなた様の数々の行動とは、どう結び付くのですか」 「あいかわらず子供だな、お前は」 そう言って龍桜丸は菊千代のあたまをがしがしとなでる。 「何をなさるのですか」 菊千代はそう言って口を尖らせる。 「やはり、子供だ」 「子供子供と…私はりっぱな武士です!…平民出ですけど」 菊千代はそう言って髪をなでつける。 しかし、言葉とは反対に、嬉しそうだ。 人は愛情を感じると満たされた気持ちになるものだ。 幸せとは、案外すぐ足元に転がっているものなのかもしれない。 こんな穏やかな思想には、城で暮らしていたらたどり着けなかっただろう。 兄にはいくら感謝してもしきれない。 しかし、その気持ちを理解するものはここにいる菊千代くらいのものだ。 親類縁者たちは、龍桜丸をけしかけて筆頭とし、権力抗争を起こす気でみちみちていた。 龍桜丸はのらりくらりとかわしてきたが、そろそろ潮時かと思っていた。 「菊千代。取り急ぎ頼みたいことがある。早咲きの桜が咲くころだ。探して一枝持ってきてくれぬか」 「簡単に言いますけど、ここいらでは手に入りませんよ。それに、何のために…」 その口を制するように龍桜丸は右手の人差し指をあて、言った。 「私の命令にはだまってしたがえといつも言っているだろう?」 「はい、わかりましたよ」 菊千代はしぶしぶ了承して任にかかった。
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