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健太少年の母親が病にかかったのは、尋常小学校に上がった年のことだった。
少年の家はいわゆる代々続く貧乏百姓で、いつも祖父母の手伝いをしながら出稼ぎにいった父親の帰りを弟と一緒に待っていた。
ある日、その父親は久しぶりに土産を持って家に帰ってきた。人から貰ったという桜餅を、二つだけ家族に持ってきたのだ。
滅多に食べれない甘味をみんなで分けて口にした母親は、「もっと食いてえ」と呟いた。
――そうさな。おらももっと食いてえ。健太は内心でそれに同意してひとりごちた。
あの甘い餡子も素晴らしいが、塩漬けになった葉っぱがえも言われぬ上等な味わいに感じた。たまらず唾を呑みこんだ健太は聞いた。
「桜餅ということは、これは桜の葉っぱなのか。とうちゃん」
「そうだ。これは桜の葉っぱを塩漬けにしたものに違いない」
「だったら、おらの通っている学校の桜の葉っぱを塩で揉みこめば、これが一杯できるのか? かあちゃんにも食わせてやれるのか?」
健太少年の言葉に、父親は押し黙る。
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