桜の葉

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 威厳を持たせようと葛藤しているフリをしていたが、自分の妻が「もっと食いてえ」と熱のうわごとのように呟いているのを目にすれば、少しばかり学校の桜の葉を盗んでくることぐらい盗みのうちに入らないような気分になった。 「とうちゃん、おらが採ってくるよ。籠を一つかしとくれ」と息子がそう言ったので、渋々といった風を装って父親は農作業に使っている籠を一つばかりくれてやる。  あたりが暗くなるのを待って、健太は弟と一緒に小学校に向かって駆けて行った。心の中はあの桜餅に支配された二人は、もう一度食べるためにならなんでもできそうだと思った。 まだ桜の花が咲いている季節だった。満開になった花は、夜風に当たってひらひら舞い散っている。提灯を持った健太の目には、それはひどく幻想的に映った。  身長の低い弟を肩車にして、二人は手近な桜の葉をちぎった。 「にいちゃん、にいちゃん。おら、この枝も欲しいぞ。こんなに花がついていれば、かあちゃんはきっと喜ぶぞ」 「枝は駄目だ。枝は駄目だ。そんなことしたら、盗んだのが村のみんなにばれちまう」 「にいちゃん、にいちゃん。おら、この枝が欲しいぞ。こんなに花がついていれば、かあちゃんは涙を流して喜ぶぞ」 「枝は駄目だ。枝は駄目だ。そんなことしてみろ、盗んだのが村のみんなに知れちまう」  そんなことを言いながら籠に入るように桜の葉を集めていた兄弟は、疲れてへとへとになるまで肩車を続けた。
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