僕は彼女を受け入れる

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 思えば、渚との出会いは最低な衝撃という言葉でしかなかった。 「私と一緒に死んでください!!」  と、夜の屋上でいきなり叫ばれたのだ。 「いや、俺は別に自殺しに来たわけじゃなくて・・・」  1人で夜風に当たりながら煙草を吸いに出たマンションの屋上で、突然この女の登場に驚いて、恐らく俺はしどろもどろになっていたことだろう。  落ち着こうと思って、持っていた火のついた煙草をゆっくりと吸い込むと、その泣き腫らした女の顔を見た。 「どうして、キミは死にたいの?」 「・・・チョコレート・・・」  ただ一言だけ呟くと、ドッと涙が溢れてワッと泣き出してしまった。  ああ、昨日はバレンタインデーだったな・・・。  俺は彼女が鞄から出した、ラッピングが無造作に開けられた形跡のあるチョコレートの箱を見た。 「彼氏と・・・喧嘩でもしたの?」  とりあえず、無難な聞き方をしておこう。この屋上はフェンスがそれほど高くない。万が一、目の前で飛び降りられたりしたら後味が悪いなんてもんじゃない。 「・・・彼氏じゃない。ずっと大好きで・・いつも待っていた人・・・」  もう二十歳は過ぎているだろうけど、彼女は子どものように泣きじゃくりながら俺の腕を掴んだ。 「一緒に死ぬのが嫌なら、このチョコを食べてくれない?」  甘いものは苦手だし、昨日は義理チョコをいくつか貰って困っていたくらいなのに、またチョコか、と半ばうんざりした。だからと言って、死にたがって泣いている情緒不安定な女の頼みを無残に断ることはできない・・・。 「・・・彼が食べてくれたんじゃないの?」  受け取った包装紙は開いているし、中のチョコレートも減っていた。 「うん、一口食べて『不味い!』って叩き返された・・・」 「それ、ひでえな。俺も甘いものは得意じゃないけど」  そう言いながら、トリュフ型のチョコを一つ摘まんで口へ入れて・・・・・・絶句した。  それはもはや、『不味い』というレベルじゃなかった・・・。  薬品か化粧品か何かでも入っているような、食品とは思えないチョコレートという感じで微かにオレンジの香りがする・・・有り得ない味だった。  吐き捨てたい衝動に駆られたけど、大きな瞳でこちらを見ている彼女の前では出来ず、かと言って飲み込むことも出来ず、とりあえず彼女に聞いてみた。 「これ・・・何入れたの?」
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