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「斬りつけられたナイフについていた血が飛んできて、海人が叫んで、やっと初めて男の人がナイフを持っていて、斬ってきたんだってわかった」
由紀は、目をつぶって昨日の惨劇を思い出していた。
夕焼けの中振るわれる凶刃、逃げ惑う自分たち。呼ばれる自分の名前にすら反応できないほど、その時は恐怖で体も心も支配されて動けなくて、次々に斬られて血が飛び散って、痛みが体を襲って、何も考えられなくなっていく。
「・・・そのときね、犯人の顔見たの・・・そしたらね・・・」
由紀の目に恐怖が映る。斬られたことを話した時より、話を話す前より強い恐怖の色。
「笑ってたのよ」
「・・・笑ってた?」
悠はニヤリと口をゆがめて笑う男の姿を思い浮かべた。そして頭がイカレているのではと思った。
だが、悠の予想は外れることとなる。
「楽しそうに、まるで友達と楽しい話してるときみたいに笑ってたんだよ」
「自然に、笑ってたんだ」
ゾッと悠の背筋に冷たいものが走る。そしてその時気づく。
由紀の目に恐怖の色がなくなっていることに。凪いだような目だった。
思わず悠はなにかしゃべろうと口を開いた。本能的に何か言わないといけない気がしたのだ。
キーンコーンカーンコーン・・・・
「あ・・・・」
「・・・もうこんな時間かぁ、朝からごめんね!こんな暗い話しちゃって」
「由・・・」
パッと明るく表情を変えた由紀が前を向く、と同時に担任が入ってくる。
悠はしゃべろうと開いた口を閉じるしかなかった。
そのあと、由紀は一切事件について触れなかった。他の友人に聞かれても「大丈夫」と笑ってごまかしていた。
しかし悠は話のあとの由紀の行動がおかしいと感じた。
由紀は、悠と仲が良く、よく話すし、お昼だって一緒にする仲だ。しかし、今の由紀は少しだけ違った。
悠がトイレに行こうとすれば必ずついてくるし、移動教室では腕を組んで移動する。他の友達と悠が話せばわざとらしく話しかけて話をさせないようにする。
お昼ではいつも待っているのに腕を組んで階に行こうとする。悠が「何か買いたいものがあるの?」と聞いても、「ううん、別にー?悠と一緒にいたいだけー!」という。
お昼の時通った隣のクラスでは、五十嵐が大きなお弁当を食べていたときの反応もいつもと違っていた。
「相変わらずよく食べるよね、五十嵐」
「そーだね」
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