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発端
ザアッ、
ザザアアア…
小波、大波。
重く垂れこめた黒い雲。
波が荒いので有名な白兎海岸だが、今日は凪いでいる。夏にサーフィン客で賑わう海辺には、人っ子一人見あたらない。
私は外科医だ。
隣県の山村で小さな医院を経営している。
私がこの海辺に降り立ったのは、数日前のこと。
"こんな冬に観光客なんて珍しいねえ"
民宿の女将には笑われたが、私は別に、観光に訪れたのではない。
かの有名な日本神話、「因幡の白兎」伝説を調べにやって来たのだ。
発端は2か月前のこと。
趣味で所属している民俗伝承サークルの集まりで、興味深い話を聞いたのが始まりだった。
「『因幡の白兎』の話を知ってるか?」
あるメンバーが、唐突に切り出した。
「ああ。島に住む兎がワニを騙し、その背を伝って海を渡るが、陸まであと一歩のところで嘘をばらした。怒ったワニは兎を捕まえ、全身の皮を剥いた、ってやつだろ」
「そう。ちなみに、”ワニ”は方言でサメのこと。
で、そこにたまたま通りかかった大黒様が、兎に治療を施し、兎はめでたく元通り、ってな」
「ああ。だが、それがどうしたんだ?」
「いやな、それが地元のヤツに聞いた話じゃ…
あ、ちなみにあれ、島根じゃなくて、鳥取の海岸が舞台な。
あの時兎が包まっていた"蒲の穂綿"。あれ、マジであるらしい。
なんでも、海岸沿いに古びた神社があってよ。その山奥の小さな沼に、黄金色に光る蒲が生えている。心正しきものにのみ、その姿が視えるそうだ。
なあ、完璧な皮膚の再生なんて、お前なら垂涎ものなんじゃないのか?」
何とも荒唐無稽な話だと、その時は鼻で嗤ったのだが。
その後、私が本気でそれを探しに行こうと考えたのは、正にその時受け持っていた患者のためであった。
それは、酷い火傷を負った子どもで、将来、酷い跡が残るのが目に見えていた。両親は己の不注意を責め、嘆いていた。
主治医として、何とか彼らを助けたかった。
私は、彼らの診察を終えたその日、その足で山陰行きの特急に乗りこんだのだ。
数日間、海辺の民宿に泊まり込み、海岸沿いの神社の裏山を、私は足を棒にして探して回った。そして…
それは、あった。
「おおお」
白兎を祭る神社の裏山の、そのまた奥の湖沼に、金色に輝く蒲が群立している。
その美しい光景を、私は一生忘れないと思った。
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