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自然、乾いていた細胞に水分とエネルギーが充足し、細胞が増殖していく。自分の体が拡大していくのが分かる。体の外側というよりも、内側からの増殖が著しく、まるで卵の殻を突き破るように膨らんでいき、花びらが押し開いていく。おぉ、筋肉もなく花が開くのはこういう道理だったのか。
「やれば出来るじゃないか」
そう、俺はやればできるんだ。何だってね。
これでめでたく俺は蕾から花の仲間入りを果たし、この桜はめでたく満開となった。
「綺麗だわ~!」
老若男女、行き交う人が皆、俺を見て、この桜を見てそう言う。そうだろうとも。なにせ満開の桜だからな。俺からは良く見えないけどな。
俺は少し誇らしげな気持ちになる。他人からの優しげな目線。しばらく無い事だったから。
花の人生ってのも、悪くないもんだ。アイドルにでもなった気分だ。
時には鳥の訪問もある。ヒヨドリが木々の隙間を抜け、蜜を吸っていく。こんな至近距離で鳥なんて見た事がないから、かなりの大迫力である。
一方で、雀の奴が来た場所は悲惨であった。奴らクチバシが短いから、花を根本から千切って蜜を吸っていきやがる。あ~あ~、ご愁傷様。
そういえば。
「花と言えば受粉だが、そういうのってないのか?」
隣の奴に尋ねる。例の如く呆れている。
「この木の名前、知らないのか?」
「知らん。桜って事ぐらい」
「……この木はな、『ソメイヨシノ』って言うんだ」
「ほう……それで?」
俺の返事に、隣の奴はいよいよ言葉を失う。何かおかしな事言ったか?俺。
「いいか。『ソメイヨシノ』ってのはな……種が出来ない品種なんだよ。だから受粉とか、気にする必要はない」
知らなかった。ていうか、大概の日本人は知らない事実じゃなかろうか、それ。
「じゃあどうやって増えるのさ?」
「挿し木だよ。枝を折って、発根剤塗って土に刺せば、それで増える」
は~。すごいもんだ。さすが植物。……ん?
「え、じゃあ花が咲く意味って?」
「は? 人が見て、楽しむ為に咲く。それだけだろ?」
「普通、子孫を残すとか何とか、もっとあるじゃん?」
「この木には無いよ」
「無いの?」
「無い」
驚いた。花ってのは、子孫を残す為だけに咲くもんだと思っていた。それが、人を楽しませる為だけに咲くのだという。
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