プロローグ

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望んでもないのに、いつだって不幸は唐突にやってくる。突発的に、急性的に、その悪魔的仕業に、まるで目に見えない存在に陥れられたかのような錯覚さえ覚えてしまう。 この不幸としか言い様のない異変も、そうだった。 その夜、彼女は普段通りに冷蔵庫から出したての冷えた自家製の野菜ジュースをグラスに注いで飲み干した。 ゴボウやパセリなど具材は色々入っているが、殆んどベースのトマトジュースの味しかしないから飲みやすい。不足しがちな栄養素を手軽にまとめて補給する合理的な発想。美容と健康を考え、これを毎日の日課にしている甲斐か、彼女の肌は白く透き通り、スタイルは理想体型を維持しており、肩にかかる黒髪は艶やかで綺麗だった。 七瀬メグミ、21歳。容姿端麗で若々しい今時女子が、小綺麗に整頓されたキッチンスペースに立っていた。 手に持ったグラスに水を注ぎ、それを一口飲んで口直し。グラスを流し台に置いて、先程から机の上で小刻みに着信を通知していたスマホを手に取り、彼氏からのLINEに既読をつけた後に返信を両手で打った。 ―私もそろそろ寝るよ~おやすみ(ФωФ)― 布団に入る。電気を消す。豆球だけ残すのは子供の頃からの癖だった。 いつもと変わらぬ夜。静かな部屋。薄暗い寝室。そして、ゆっくりと乱れ始める意識。徐々に胸の痛みと吐き気を感じる。寝返りを打つ。息苦しい。眉間に皺がよる。落ち着かない体。今度は仰向けになって右手で胸を押さえる。じわじわと皮膚が焼けていくかのような、言葉にし難い悪寒が体を駆け巡る。 ―何だろ…なんか気持ち悪い…― 異変を感じて思わず目を開いた。 メグミは絶句した。ベッドを覆い尽くす、夥しい数の細長い腕。先端の痩せ老いた手は手探りで何かを探しているかのようにゆらゆらと蠢き、重なり合い、目の前でひしめき合っている。 その腕は全てベッドの下から伸びていた。その腕の群は、まるで1本1本が一匹の生物であるかのように布団を這い、メグミの体に重なり、腕に、足にと絡み付いている。 感覚を無理矢理に研ぎ澄まされたメグミの体に確かな痛みが走った。 錯乱に達したメグミは大きく息を呑み、そこで意識は途絶えた。 起きる時には、起きてしまう。それは誰であっても逃れられない。望んでもないのに、いつだって不幸は唐突にやってくる。
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