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朝倉慎之介はどんな人間か、私は知らない。
でも、大きな会社のトップというものはビジネスに対して非情なほどの冷徹さを持っているものだ。そうでなければ、途端に足元をすくわれてしまう。
彼にとっても、結婚はビジネスを円滑に進めるためのツールの一つであるはずだ。
でも、さっきまで嬉しそうに話していた桜子に、そんな残酷な説教をするつもりはない。
こんなとき、歩いてきた人生が違うということを思い知る。
友人としてかけてあげられる優しい言葉を持ち合わせていない私は、やっぱり人生の歩き方を間違っているんだろう。
「もう少し付き合いが深くなったら、朝倉さんに聞いてみたらいいんじゃない?」
「…聞けないよ、そんなこと」
「まぁ、今は確かに聞かない方がいいかも。まだ付き合って…一か月くらいだっけ?」
「うん」
「じゃあ、この先ゆっくりさ…」
「もう…」
桜子が声をさえぎる。
「もう、これ以上、慎之介さんと一緒に居たら…引き返せなくなりそうなの」
「……」
「どういうつもりか、確かめたい」
「…確かめるって」
桜子は私の手をとった。
「お願い、湊」
このお願いが、私の生活も、価値観も、生き方も……
何もかも大きく変えることになるなんて……
この時の私は知る由もなかった。
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