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「実は、これから大丈夫かなって不安なの」
桜子が唐突に目を潤ませたから、少し焦って座りなおした。
「彼ね、あ、朝倉慎之介さんっていうんだけど…湊、知ってる?」
朝倉慎之介(あさくらしんのすけ)……
その名に、背筋がゾクッとする感覚がはしる。
必死に冷静を装って、考えるふりをした。
「朝倉慎之介…、あぁ、AKグループの跡取り息子」
「うん…、やっぱり湊は凄いね。そんなつながりあるんだ」
「いや、つながりというほどでもないよ。会ったこともないし、異業種だしね」
「…そっか」
桜子は注がれたばかりのカフェオレのカップに少しだけ口をつけたけど、ほとんど飲まずにそれを離す。
彼氏ができたという報告だけではないのはわかっていた。
いつもの桜子なら、付き合ったその日にハイテンションで電話してくるはずだった。
でも、今回は報告の時もいつもと違う雰囲気が電話越しでもはっきりと伝わった。
嬉しさと不安が入りまじったような声で相談があると言われ、こうして向き合っている。
そして、さっきから時々見せる寂し気な表情。
桜子の彼氏は、私に相談する必要がある人。
こっち側の人間。
要するに、桜子の周りにいるような…普通という表現が正しいのかはわからないけれど、『普通ではない人』が相手だということだ。
ある程度予想はしていたけれど、想像以上のビックネームが出てきた。
私が用意していた慰めの言葉は、使えそうもない。
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