第1章 ふとした懐古

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   3月の終わり、僕は麗らかな陽気の中を駆けていた。  僕は、この季節が苦手だ。暑くも寒くもない、暖かだけれども曖昧なこの季節が。  けれども昼過ぎに届いた嬉しい知らせのせいで、残念ながら僕の視界にそれは映らなかった。通りすぎる景色の全てが、マーブリングしたパステルカラーのようだった。  街路樹の門を曲がると、オフホワイトの建物が出迎える。  どうやら、間に合ったらしい。  一息つく為、廊下にあった長椅子に腰かける。息が荒いのは、きっと不安と期待が織り交ざっているからだろうな。  こういう時、男は何もできない。  呼吸も落ち着いてきた頃、引き寄せられるように窓の外を見た。  ああ、もうそんな季節か……。  建物の外の街路樹が淡い嬉し泣きを見せる。その光景を見て、僕の中に忘れられない鮮やかな記憶が甦る。  
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