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「おい、ジェリー……」
さきほど購入したいかついブーツは、階段を昇る度にガツンガツンと大きな音をたてる。
総重量数キロはあるかという装備を身にまといながら事務所へと向かうジェリーに、メロンは今日になって何度目かになる忠告を繰り返した。
「この話には、きっと何か裏がある。ただの護衛だと思っていると、痛い目を見るぞ」
しかし、ジェリーは額から大粒の汗を流しながらも、未だにだらしなく笑み崩れたままだ。
「だぁかぁらぁ! ただの護衛じゃないと思ってるからっ、こうして装備を充実させたのっ! 私だってまがりなりにも探偵よ? 受けた依頼は必ず完遂っ! ってね!」
ひぃひぃ言いながら、ようやく事務所まであと半分というところに辿り着く。
「探偵は時として国をも救うっ!! 政界の要っ! 大森政志を守るのはこの私だっっ!! ってね!!」
ようやく階段を登り切ったところで、ババーンとポーズを決めたジェリーがそう言い放つ。
斜めに差しこむ夕陽。イイ感じにさした影。
ふっ、きまった……とでも言いたげなナルシズム全開のたぬきを、冷ややかに見つめる切れ長の瞳があった。
「ほう……。その話、詳しく聞かせてもらおうか」
威圧感のあるその声には聞き覚えがある。
ビクリと肩を震わせたジェリーは瞬時に身を縮こまらせ、恐る恐る、事務所へと続く扉の前に視線をやる。
古ぼけたドアに背中を預けて佇んでいるのは、カーキのコートをまとったパンツスーツの女性。その凛とした雰囲気にはいやというほどおぼえがあった。
「ま、真森ちゃん……」
ジェリーの口元がひくりと引き攣ったのは、彼なりに何らかの危険を察知したからだろう。真森の顔はにこにこと笑っている。しかし、肝心なのは目だ。栗色の二つの瞳は、恐ろしいことにちっとも笑っちゃあいない。
「詳しい話は中でじっくり聞かせてもらうぞ、このアホダヌキ」
あくまでにこにこと微笑んだまま、真森はジェリーの首根っこをつかみ、推定○キロの装備ごとジェリーをつるしあげる。
「ひえぇぇぇぇぇ!!! お助けぇぇぇぇぇ!!!」
そんな悲痛な叫びもむなしく、二人……いや、三人の姿は、さびれた雑居ビルの一室「ジェリー探偵事務所」へと吸い込まれていった。
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