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混じり気のないピンク色の花びらを優雅に咲かせながら、見る者を感動させる。
桜。
ある者はその下で宴会の席を設けて酒を飲み、どんちゃん騒ぎ。
ある者は遠くから並び立つ木々に向けてカメラを構える。
そしてさらにある者は愛する人と手を繋ぎながら、「綺麗だね」と微笑み合う。
まさしく平和の象徴となっている桜。
昔は春にだけ咲いてすぐに散ってしまうものだったそれは、今では年がら年中、散る事なく咲いている。
「良い時代になったものじゃな」
ある老人はベンチに腰掛け、人々の様子を見ながら呟いた。
今ではこうして毎日花見を楽しめる。
そんな思いから出た言葉だった。
老人自身、もう先が短い事は当然理解している。もし桜が春限定のものであったのならば、見れるのはあと何回かに限られてしまうところだった。
けれど今は死ぬまでに何度でも見れるのだ。
贅沢な世の中である。
「お爺さん、何が良い時代なの?」
感慨にふけっている時に突然話しかけられた老人は、ビクッと肩を動かし、隣に顔を向けた。
彼は桜に夢中で気が付かなかったが、少し前から少女が同じベンチに腰掛けていたのである。
その少女は雪のような白い肌に、柔らかそうな頬をしており、髪の毛は綺麗な黒色で、肩の下ぐらいまである。
唇はそれこそ桜のように綺麗な色をしていた。
「ねぇ、お爺さん。どこが良い時代なの? 教えて?」
彼女の唇から発せられる声は上品さを感じさせる。
聞き入ってしまっていた老人が、我に返るのに時間を要してしまう程に。
「そりゃあ良い時代だろう。桜がこうしていつでも見れるんだから」
「それは良い事なの?」
老人は真っ直ぐ向けられた黒目の大きな瞳に、少し恐怖を覚えた。
感情が欠除しているように見えたのだ。
「君は桜、好きじゃないのかい?」
「桜は好きよ。 大好き」
「それならやっぱり今は良い時代じゃないか」
老人は立ち上がり、桜の花びらを一つ摘もうとする。桜の花びらが如何に美しい色、形をしているのか、少女に見せようと思ったのだ。
「お爺さん、取っちゃ駄目よ」
しかし老人の行動は少女によって制止される。
「どうしてじゃ? 取ってもすぐに新しい花が咲くぞ」
「……駄目よ」
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