花咲博士

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花見から帰る途中の一家が交通事故に巻き込まれたニュースは、その日の内に全国を駆け巡った。 可哀想だーー そのニュースを聞いた全ての人達が彼らに同情しているかのように見えた。 しかし一日、二日、三日と時が経てば、その感情も一気に風化していく。 人々の頭から消え、誰も話題にしなくなる。 そうして誰もが交通事故の事を忘れた頃、花咲博士の瞼が開かれた。 はじめに彼が感じたものは無機質な連続音と病院独特の嫌な臭いによる嫌悪感だった。 ここはどこだ。 どうしてこんなところにいる。 さくらといちょうと桜を見に行って、いつものように手を繋いで、とても幸せで…… 花咲博士の目が徐々に開く。 瞼の残像が脳に届く。 さくら、いちょう…… 花咲博士は跳ね上がるように起き上がった。 繋がれた管が引っ張られる。 彼の身体中には激痛が走った。 「花咲様っ!? 落ち着いてください!!」 花咲博士の目覚めを一番最初に発見した看護師が駆け寄る。 そんな看護師をも振り切り、彼は叫んだ。 「さくらはっ! いちょうはっ!? あの二人はどこだ!!」 騒ぎに気付いた看護師達がさらに集まり、彼を押さえる。 看護師達は彼の問い掛けにただただ気まづそうに黙るだけだった。 「誰か答えろ!」 「私が答えますよ」 いつの間にか花咲博士の側に立っていた白衣姿の男が答える。 白い髪、白い髭を携えたその男は、花咲博士、いちょう、さくらの手術を請け負った医師だった。 その医師を博士は鼻息荒く睨み付ける。 医師は飽くまで冷静に語った。 「花咲いちょう様はお亡くなりになられました。花咲さくら様は存命ですが、脳死……つまり植物状態であります」 「な、なに……を……」 突然に突き付けられた事実が鋭く博士の胸元に突き刺さる。 それでも医師は落ち着き払っていた。 「あなたは彼女らの分も生きなければなりません。肝に銘じてください」 刻々と告げる医師だが、決して心通わぬ冷徹な人間だというわけではない。 彼にとってはこれも仕事の一部であるのだ。 その程度のこと、混乱状態でさえなければ、花咲博士程の頭脳を持つ者が気付かない訳はないだろう。 「なにを言っている! 待て! お前! 適当な事を言うんじゃない!!!! ぶっ殺してやるからこっちに来い!!」 だけどもこの時の彼からは他人の心を読む力は失われてしまっていた。
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