なんとなく嫌なこと

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 里見君はふわっと微笑むと小さな声で「よかった」と呟いた。  そういう態度は可愛いと思うし、安心させてあげたいと思う。先輩として。 「いいんだけどさ。でも、あれだよ? ナンパされてついていくのはダメだと思う。わかんないんじゃん。相手がどんな人間か。怖くない?」  彼氏がいるのなら、余計にダメだし。いや、今は居ないから誘いに乗った? 「しばらく一緒に飲んでましたから。一応人を見る目は持ってるんです」  里見君はちょっと得意顔になって言った。 「でもさ~……あ、やべ、もうこんな時間じゃん」  腕時計を見れば、いつの間にか十一時になろうとしている。随分話し込んでいたらしい。  明日は休みだけど、俺の降りる駅はちょっと辺鄙なところにあって、乗り換えをしなくちゃいけない。本数が少ないうえ、一本逃すと帰宅時間にだいぶ差が出る。できれば十二時前には家へ帰りたい。  飲んでいたジョッキから口を離し、こちらを見る里見君。その顔は少し残念そうというか、寂しそう。まだ飲み足りないのだろうか? 見かけよりお酒に強いのかもしれない。 「えっと……里見君ってどこらへんだっけ?」 「気にしないで下さい。適当に帰ります。すみません足止めさせちゃって。お疲れ様です」  ペコッとお辞儀していつもの顔。  適当って……帰る気ないみたいだ。まてよ? もしかしてまたナンパされて、お持ち帰りされようとか思ってない? さっきの男は諦めたみたいだけど、フラフラ夜の街を歩くつもりなのか。  俺は酔った頭で想像していた。チャラチャラした遊び人みたいな男が里見君にいかがわしいことをしている場面を。やっぱり危険な気がする。 「里見君、飲み足りないならうちにくる?」  里見君はきょとんとしていた。 「ん~、だから、電車がね。問題なだけだから、電車乗っちゃえば、家で飲めるよ。コンビニも駅にあるから、買って帰りゃいいし、眠くなったら寝てけばいいし」  里見君の小さな口がキュッと上がった。とっても愛らしい笑顔だ。 「じゃあ、お邪魔します」 「おう。じゃあ、行くべ」  俺が今日、誰かについて行くのを阻止したところで、意味ないのかもしれないけど。なんとなく、今日は嫌だったんだ。  俺と別れてから、相手を探す里見君の姿なんて想像したくなかった。
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