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身体を洗い湯船に浸かる。
なんとなくだけど、他の客から見られてる気がして、里見君についてまわった。
今までは人懐っこいお客が多いなと思っていたけど、貞操の危機だったのかもしれない。自意識過剰かもしれないけど、知らない世界が垣間見たことで、自分がちょっと浮き足立っている気がした。里見君はそんな俺を優しい顔で見る。
「えへへ。お風呂出たら牛乳飲もうね。ここの牛乳美味しいんだよ」
「じゃあ、コーヒー牛乳にします」
「うんうん。どっちも美味しいから」
里見君は目をパチクリさせて「もっと大きく外さなきゃいけなかったか」と独り言を呟いていた。
他のお客が一人減り、二人減り、里見君と二人だけになったのを確認して風呂から出た。
「はーあちーあちー」
パンツだけ履いて、自販機の牛乳とコーヒー牛乳を買う。
里見君は行動が早い。もうパンツとTシャツを着て頭をタオルでゴシゴシと拭いていた。それにホッとして、コーヒー牛乳の方を里見君へ渡し、腰に手を当て冷えた牛乳をゴクゴク飲んだ。
「は~。うんめぇ~」
「この味も懐かしいなぁ~。小学校以来かも。たまには銭湯もいいですね」
「だろお?」
振り返り里見君を見る。「ええ」と返事した里見君が首に掛けていたタオルをパッと取った。Tシャツから出てる白い首すじに赤い痕が浮かんでいる。
「…………」
大きな男が里見君の首筋に顔を埋めていた光景が蘇る。本人は知らないのかもしれない。ついちゃってるの。
里見君自身も気づいてないかもしれない痕を発見してしまって、妙に気持ちが焦った。
これは気づいてないフリするのが一番……だよね?
「じゃ、帰ろうか」
里見君の使ったタオルと、自分の使ったタオルをコンビニの袋へ入れ、銭湯を出る。ポカポカした体に涼しい夜の空気が気持ちよかった。
もうすぐ八月。
日中はアスファルトが解けるほど熱いけど、ここら辺はちょっと田舎だし、この時間は流石に暑さも和らぐ。
「気持ちいいねぇ」
夜空を見上げると、まあるいお月様が真上にあった。隣りから「うん」と声が聞こえる。
同じように月を見上げている里見君。
こうやって並んで歩いていると昔からの知り合いのような気持ちになる。
なんだろうな。この居心地良さ。
里見君は本当に不思議な子だ。
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