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生活感が無いというのか。
最低限の家具が配置してある部屋はサトミの個性をなにもつたえてこなかった。さっぱりしていて、静か。荒れているわけでもない。サトミにとっては、きっとこれで十分なんだろう。でもこんな小さな部屋なのに、ガランとしているように感じる。
サトミはビーズクッションには座らず、その奥に腰を下ろすと膝を抱えるように小さくなった。点いてもいないテレビの方にぷいっと顔を向ける。
ビーズクッションに座らないのは、もしかして俺のために空けてあるのかな?
俺はビーズクッションの横へあぐらをかき、サトミのほうへ身体を向けた。
「おこってる?」
「そりゃそうでしょ。お隣さん出てきちゃったし」
「うん。ごめんね?」
「やっぱり会社の人はやめとくべきだった。おしかけてくるなんて」
ご立腹だ。俺はお土産の紙袋から箱を二つ取り出した。サトミがチラッと視線を向けてまた視線を逸らす。
「一緒に温泉行ったでしょ? あそこでサトミが見てたビードロのグラスを買おうと思って、昨日行ってきたんだ。お土産屋さんは開いてたんだけど、帰りの電車がなくなっちゃって、向こうのビジネスホテルへ一泊して朝一でこっちに戻ってきたから、こんな時間になっちゃった。あはは」
「……頼んでないし……」
ツンッと尖らせた口がさらに尖る。
「うん。そうなんだけどね」
俺は頷きながらガサガサと包装紙をめくり、箱の蓋を開けて中身を取り出した。
サトミは中身をテーブルに置いた瞬間パッと視線を上げ、ずっと尖らせていた口を緩めた。
テーブルに置いたのは地味な湯呑み。
あのきれいなビードロじゃなくて、日本茶を飲むやつ。二つで対になってる。俗に言う夫婦湯呑み。
あの時は夏だったけど、季節が変わっちゃったから、違う商品が並んでた。それでこれがいいと思った。キョトンとした顔でサトミは俺を見た。
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