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「イザベル様」
マスケットの男が脱ぎ捨てたチュニックを手にしておずおずと尋ねた。
「…これもらっていいだか?」
イザベルにしてみれば不用品であるが、どんな布であれ戦場では役に立つのであろう。
「どうぞ」
男は着古したチュニックを拾うと大切そうに畳み、雑嚢にしまい込んだ。
港町より更に先にある集合地点へ向けて進んでいく男達を見送ってからイザベルはヴェールで髪をまとめ、町の中へと足を向けた。
いよいよワインの取引の始まりである。
この国で広く作られていることもあり労務者にはビールが好まれるし賃金の一部ともなっているが、ある程度の収入がある庶民にはワインの方が上等なものとして好まれる傾向があった。蜂蜜酒は一般には流通していない。
この港町では高地にある村と違って交易の拠点ということもあり、ワインが十分にあるため、富める者も貧しい者も毎日ワインを飲む。富める者はスパイスや蜂蜜で香りをつけたものを、貧しい者は水で薄めただけのものを。
しかし浄水を得ることが難しいのと長期保存ができないので、酒と水の樽を置く場所がない庶民は市場や酒場に行ってその都度必要なだけ買うことになる。
そうした量り売りをしている商店では、もう一月もすればどこの国でも領主がワインの新酒を売りに出すので古酒が暴落する(古いワインに価値はない)というのを見越して買い控えているはずである。
イザベルがやろうとしていることは、酒樽の在庫を抱えて困っているところに目をつけ、高値のまま買い占めようとしているのである。
その狙いは2つある。
1つは兵士補給用のワインで、毎日100名あたり1樽のワインを補給しており、これは王国からの輸送で賄っているが戦勝祝いには倍以上のワインを支給する必要がある。また王女と公の名で庶民らに振る舞うとすれば大量に確保して置かないと間に合わない。
2つめは潜入しているヨランダに現在交易を仕切っているホァン商会を潰させるための下準備である。
周囲にヨランダの手のものが集まって来た。
イザベルの指示を仰ぐために。
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