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トーマスが知る限りこんな贅沢な配置を常時しておけるのは王族や領主クラスの貴族で、それ以下の貴族は組み立て式のテーブルをその都度出して使うのが普通である。
片側にしか席を置かないのは食物や酒をふんだんに給仕させるためであるのは言うまでもない。
暖炉の前が一番の上席となり、そこから序列順に並ぶことになる。
エリカのように合理的な主人になると、あらかじめ食事を配置して椅子を両側に並べ、あまつさえ作戦会議の場にもしてしまうことがある。もっともこれは例外中の例外であるが。
トーマスの身のこなしやガツガツしない態度、近付く者をそっと抱き寄せるさり気なさ…
「きっと上の方のご貴族さまだわ」
娼婦たちはうっとりと眺めている(もちろん頭の中では愛人におさまる為の計算を巡らしているのだろう)。
トーマスはマーヤに教えられたように女性を扱っているに過ぎないし振る舞いについては周囲に殿下だの閣下だの呼ばれる人がいる。
「さて」
トーマスは取り囲んでいる娼婦たちの輪から外れで階段に腰掛けている1人の女性が気になった。着飾ってけばけばしい化粧をしている集団の中で飾りっ気がなく商売っ気もないというのは目を引くものだ。
粗末でだぶついた服と化粧が似合わない幼顔というのがマーヤに似ていたからかもしれない。亜麻色の髪を結ってリネンのベールで包んでいるのは商売女ではないということなのだろう。
「失礼」
トーマスが近付くと、その女性は目を大きく見開いて慌てて立ち上がった。
「何かこのものが失礼を?」
上質そうな青い布地の衣装を身につけた青年が猫背で近づいてきた。
この青年は娼館の主人ではなく、娼婦たちに金を見せていたら湧いてきて場を仕切り出した謎の男である。ある意味便利なので放置している。
「この女はいくらだ?」
トーマスは貴族っぽく見えるよう尊大な態度で青年に尋ねた。
青年がその答えを持っているかどうかはどうでもよかったのだが
「こいつは娼婦ではないですぜ」
そんなのは見ればわかると言いたいところを堪えて黙っていると
「いつも昼間、館を掃除している端女です。ほら、今日はいいから早く出て行け」
夜であれば気が付かなかったかもしれないが、トーマスはこの女性に違和感を感じていた。
質素な服には違いないが、服やベールに汚れがない。
汚れておらずシラミが湧いておらず異臭がしないというのは端女「らしくない」のである。
「待て」
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