6人が本棚に入れています
本棚に追加
◆
桜の樹の下には屍体が埋まっている──そんな一節を読んだのはいつだったろう。
そんなことをボンヤリと考えながら、斜陽の射し込む窓から外を見る。
夕焼けに照らされた無数の花弁が目に映る。
風に吹かれて散っていく様は幽玄で、私はその目映さに目を細めた。
赤々と色づいた花。教室。
その直中に私はいる。
赤く、燃えるような色は、何かの終わりを告げる色でもあると思う。
──そう。終わったのだ、あの日、私の全ては。
──そして終わるのだ、これから、私の全ては。
待ち続けていた。
待ち焦がれていた。
狂おしいほどに。
愚かしいほどに。
ずっと、ずっと。
あの桜が二十回咲いた、今日、この春まで。
風が吹いている。
そのたび桜がざわざわと音を立てる。
僅かに開いた窓からは赤く光を反射する桜花が舞い込んできていた。
あぁ、もうじき、全てが終わる。
予感。感慨。実感……
言い表せない不思議な感情が胸に渦巻く。
終わってほしい。そう願った。
見付けてほしい。そう祈った。
何回も。
何十回も。
いいや、もっともっと、数え切れないほどに、懇願(ねがっ)ていた。
あそこに眠っている“私”を覚ましてほしいと、切に切に想ってきた。
だのに──何故?
桜の根元を掘り返す“彼”の姿を見ていると、何故だか今まで懐いてきた思いがぼやけていく。
願いよりも、祈りよりも、“彼”と過ごしてきたこの一年間の思い出の方が強く、克明に、鮮明に、浮かんでくる。
何故?
「何故」?
決まっている。
だって、私はきっと──
「花の色は、うつりにけりな、いたずらに、我がみよにふる、ながめせしまに……」
知らず、お気に入りの和歌を口ずさんでいた。
“彼”が“私”を掘り当てたのを眺めながら。
最初のコメントを投稿しよう!