1人が本棚に入れています
本棚に追加
/21ページ
夏
外では蝉の声が煩く喚き、この季節特有の陽炎が遠くの景色を歪ませる。
毎年訪れる例年通りの夏。
ただ、今僕がいるのは例年とは違うアルコールくさいこの部屋なわけで......
すると突然、ジメジメして蒸し暑い病室のドアが音とともに開いた。
とっさに顔をそちらへ向けると、ナース服を着た初めて見る女性がそこに立っている。
直後、その看護婦さんと思われる女性の声が部屋の中に響く。
「はじめまして、神谷くんだよね?」
「はい、そうです」
慣れているのか、初めから打ち解けた口調で話しかけてきた看護婦さんとは対照的に、僕は少し硬い口調で返事をした。
すると、その看護婦さんは満面の笑みを浮かべ、「よろしくっ♪」と言いながら僕の寝ているベッドへと近づいてくる。
その看護婦さんが手の届く距離まで来ると、彼女の服から発せられた石鹸の匂いが、僕の鼻をくすぐった。
病院の人って忙しいイメージだけど、ちゃんと服とか洗ってるんだな。
そんなことを僕が考えているとはつゆ知らず、彼女は入院するにあたっての説明を僕に始める。
「治療のことは先生から聞いてると思うから、この棚の説明をするね」
看護婦さんはそう言いながら人差し指でベッドの横の棚を指差す。
質素なクリーム色の棚には、テレビやら金庫やら冷蔵庫が設置されていた。そして、テレビの横には小さなクマのぬいぐるみが......
「このテレビと冷蔵庫は、下で売ってるカードを入れれば使えるの。自分で行けなかったら家族に買ってきてもらうか、私に言ってね。」
「あと、この金庫なんだけど、ちょっと壊れてるみたいなんだ。ごめんね」
「あっ、はい。大丈夫です」
いやいや、他のと交換するかベッド変えろよ。
大丈夫です、とは言ったものの心の中ではそう突っ込まずにはいられない。
その後も、僕はベッドのことやナースコールのことなどの色々な説明を受けたのだった。
「うーん、とりあえずはこんなもんだけど、何か質問あるかな?」
あらかた説明が終わると看護婦さんはそう聞いてきたが、特に質問はなかったため、さっきから気になっていたことを聞いてみた。
「えっと、このテレビの横のクマのぬいぐるみってなんなんですかね?」
僕が質問すると彼女はぬいぐるみの方に目を向け、何かを思い出すような顔をした後で、こう続けた。
最初のコメントを投稿しよう!