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「この町、綺麗だったんだなあ……」
町を一望できる丘の上、その中でも一際背の高い木の上に二人の子供がいた。
一人は枝にしがみつくように危なっかしく座り、もう一人は自然体で幹に背を預け立っている。
晴れ渡った空と澄んだ空気のおかげで遠くに広がる水田まで見渡すことができた。
連なる木造の平屋、点在する水車、豊かな木々、穏やかに行き交う人々……町は二人の故郷だった。
「これで見納めかー……つっても、初めて見たんだけど」
座っている方の子供が呟く。
華奢な身体つきと巫女を思わせる着物、だが少女ではない。お父上のご趣味だ。
好き放題に跳ねる長い黒髪とつり上がった黒い目、着物からはみ出る手足に腕白さが窺える。短い袴に付けられた握り拳大の鈴が風に鳴った。
名前はリンタロー。
年よりも幼く見えるが、今年で11歳。
そしてその11年間を屋敷に軟禁されて過ごした。
自分の国どころか自分の住む町すら見たことがないので、見るもの触れるものすべてが新鮮である。
新鮮で新鮮で新鮮すぎて、今日でここを離れるというのに一切の郷愁が湧いてこない。
「しばらくこの国で暮らしてみようか~?」
もう一人の少年が間延びした口調で尋ねた。
真っ直ぐな黒髪と垂れた黒目。細身に見えるがしなやかに締まって力強い身体。
似ているようで似ていないリンタローの年上の甥、名前は異親(いちか)という。
唯一の友達であり頼れる兄貴分であり11年間の強制ひきこもり生活に終止符を打ってくれた恩人だ。
『リンちゃん、お外、行ってみる?』
微笑みながら伸ばされた手を掴むのはとても難しかった。
家長である父親はリンタローを「愛されるために生まれた子」と言って溺愛し屋敷の奥に閉じ込めた。
父親の存在は絶対で、屋敷の中しか知らないリンタローにとって世界のすべてだった。
しかしリンタローは異親の手を掴んだのだ。
「いや、すぐにこの国を出ようぜ! オレは外の世界に行くんだ!」
大きな目を輝かせたリンタローは、生まれ育った屋敷があるであろう方向に背を向けると勢いよく木の上から飛び降りる。
「行くぞ異親! オレはもうここには戻らねえ!」
お父様、オレは今日、家出をします。
「カッコつけて飛び降りたりするからさぁ」
「うっせえうっせえ」
リンタローの旅はここから始まる。
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