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これで失着(間違った手を打つこと)だったら本当に笑えないと思っている内に手は進み、やっぱりと言うか激しい攻防が始まった隅の中で、さっき打った大ゲイマだけが動きがなく変な感じがする。
「……そうか」
誰が言ったのか、盤上に打たれた一手に全員がハッとする。
「あいつ、これを狙っていたのか……」
テレビを睨むようにしながらも、口元は嬉しそうに笑っている烏丸七段があいつの一手をこちらの盤上に打ち込めば、さっきまで完全に沈黙していた大ゲイマが相手の急所に深々と刺さり、相手の退路を断つようなノゾキ(次に相手の石の切断をみた手)に変化している。
「……うまく打たせたな」
してやられたなと豪快に笑う白臣元名人をはじめ、誰もがこの一手がそれを睨んでの一手だとはわからなかった。
それは勿論あいつと対局している本因坊も同じで、少し前までいけいけと言わんばかりにらんらんと輝いていた顔には、恐れにも近いような表情が張り付いている。
(すごい)
必死に活路を探そうともがいている内に手が遅れるのは当然で、何とか皮一枚繋いで檻から抜けだした白石が見た広場は、死んだ石ばかりで、少し先には黒の牙城に囲われた何重もの檻が広がっている。
「勝負あったな」
烏丸七段が席を立ち、それに続いて鳩羽三段が出て行ってからしばらくして、幽玄の間にか細い声で「ありません」と言う声が響いた。
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