0・Kioku

3/9
前へ
/137ページ
次へ
「ふふふ、確かにね。トンちゃんの言っていることも間違いない」  否定をしない穏やかな口調に、トンビは口を尖らせる。 「またトンちゃんって呼ぶ……それ嫌い」  トンビは小学生ながらに自分の名前に違和感を抱いていた。  それを初めて感じたのは幼稚園の時で、周りの園児の名札は平仮名で名前が書かれているのに、自分の名札は片仮名で書かれていた。みんなと違う、そう思ったのが最初だ。  三日月トンビ。  これが正真正銘、トンビの氏名。苗字もさながら名前も名前なだけに、小学校に入学してからはなぜか有名人気分だった。幸い、からかってくるような者はおらず、むしろ『片仮名でかっこいい名前』と人気者になった。子供は単純だ。  しかし唯一、父親のように『トンちゃん』と呼ばれるのだけは不快だった。周りの男子は〝君〟付けやあだ名で呼ばれているのに、トンビだけは〝ちゃん〟付け。それが女っぽくて嫌いだった。 「トンビ。カラスはね、死んだ人の魂なんだよ」 「……え?」  名前を呼んでくれた父親の言葉に、トンビの足は立ち止まった。  一歩先で父親が立ち止まり振り返る。  さらにその先でタロウが振り返る。  二つの視線はどうしたのと言わんばかりにきょとんとしていた。 「トンビ?」 「意味わかんない……」  トンビは足元を睨んだ。 「死んだら……死んだら天国とか地獄に行くんじゃないの? 死んだらみんなカラスになっちゃうの?」  涙を呑んだような声で父親を見た顔は、ふるふると唇を震わせていた。
/137ページ

最初のコメントを投稿しよう!

13人が本棚に入れています
本棚に追加