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トンビは益々不愉快そうに眉間を寄せながら呟く。
「……馬鹿は余計だ」
疎ましい目を向けた先で、少年がいそいそと散乱した着物を左腕に回収していた。
腕に掛けられた、白生地に青い籠目の模様が描かれた袷の着物と、ぼろぼろにほつれた藍色の帯がひどく汚れているのを見て、トンビは昨夜のことを忌々し気に思い出した。
普段なら苦労もしない一連の作業にやたらと苦労させられた。無駄に走り回され、派手に転び、白太刀を振るうにも息が上がる、そんな夜だった。
「夜羽、俺はどのくらい眠った?」
トンビはぐっと両手を天井に伸ばしながら少年──夜羽に聞いた。
この部屋には時計がない。むしろトンビ自身が時計を必要としていない。
何時に起きて、何時までに家を出て、何時には家に帰り、何時からのテレビを楽しみに、何時には寝る。そういった規則正しい生活がトンビにはないのだ。太陽が沈めば家を出る。仕事をすれば帰宅する。そしてまた夜がくれば家を出る。ただそれだけの単純な日々を送っていた。
左腕に着物を抱えたまま、夜羽は器用に胸元から懐中時計を取り出した。さすがに時刻を把握できないのはいかがなものか、というのが夜羽の考えで、彼はいつも首から懐中時計を下げていた。
腕時計でないのは、和を好むトンビの影響だ。トンビが普段から紬の着物だったり、袷の着物だったり、和装であるのにならって、夜羽も単衣の着物に羽織という着こなしだ。それで和を崩さぬよう懐中時計を懐に忍ばせておくことにした。
黒い鎖に繋がられた蓋のない文字盤に目をやって、夜羽はええと、と声を出す。
「たしか……朝方四時頃に帰ってきたので、十二……いえ、ざっと十三時間は寝ていますね」
トンビは一気に目を覚ます思いで瞬いた。
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