「あなたに微笑む」

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少し冷たい風が火照った頬を撫でる。 「遅くなっちゃった」 私はそっと呟くと足早に歩き出した。 空を見上げてみれば薄い雲に覆われている。 電柱についた街灯がポツポツと並んでいるから真っ暗では無いけれど、月の光が無いとやはりどこか寂しい。 思わず溜息が出る。 「新藤さん……」 今夜はさっきまで、会社のお花見大宴会だった。 その会場は春の夜の穏やかな雰囲気とはまるで遠く、酔っ払いばかりで騒がしかった。 酔ってくだを巻く同僚達に絡まれた、営業課エースの新藤さん。 せっかく新藤さんにお酌しようと思ったのに。 「新藤さ…」 「真希ちゃんお母さん遊ぼうよ~」 「ちょ、誰がお母さんなのよ!」 「えー、私はてっきり新藤お父さんとの間に~」 「なんでよ!」 「やん、真希ちゃん怒らないで遊んで~」 「その遊んでーって何したいのよ」 「桜が見たいの~」 「見てるでしょ」 「真希ちゃんお母さんと二人で見たいの~」 「ぎゃはは美里ー新藤に殺されるぞー」 「きゃー新藤先輩許して~」 「謝るくらいなら最初から言うなっ」 どうも満開の桜と酒は人を開放的にしていけない。 桜の魔法というやつなのか。 酔っ払った同期の美里に絡まれて、全然新藤さんの側に行けなかった。 酷い。 その美里も周りも新藤さんと私を茶化して変なことを言うので怒鳴ろうとしたけど、酔っ払い相手に本気で怒るのも大人気ないと思ったので結局冷めた気分になってしまい、無理矢理そこから帰って来てしまった。 「……新藤さん、私と一緒に花見したくなかったのかなあ」 「真希」 「……え?」 溜め息を漏らしてから、後ろから掛けられた声に驚いて振り返る。 「新藤さん……どうしたんですか。まだ花見は終わって無いんじゃないですか?」 「あぁ、いいんだよ。どうせ後は場所を変えて朝まで飲むだけだし、真希が居なくなったら急に酔いも冷めてね…だから一緒に帰ろう?」 「……はいっ」 嬉しい。 私は歩き始めた新藤さんの隣に並んだ。
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